■Artist's Story■
リチャード・アベドン
AVEDON, Richard
1923-2004


Avedon's France: Old World, New Look


"Dior by Avedon"


"Avedon:Women"


"Avedon: Murals and Portraits"


"Avedon Fashion 1944-2000 "


"Portraits of Power"


"Performance"


"Richard Avedon
Photographs
1946-2004"


"In the American West"


"Woman in the Mirror : 1945-2004"


"Avedon at Work: In the American West"
Laura Wilson著


"Richard Avedon Portraits"


"Richard Avedon:
Made in France"


"The Sixties"


"Evidence
1944-1994"
 


リチャード・アベドンは1923年ニューヨーク生まれ、ニューヨークにスタジオを構えて仕事を行っていました。 宇多田ヒカルのCDジャケットや有名女性歌手起用の化粧品コマーシャル写真を撮影したことで日本でも知られています。

ニューヨーク五番街の有名な女性洋服店を経営する一家に生まれたという生活環境により、少年時代からファッション雑誌に親しんでいたそうです。彼は特にマーティン・ムンカッチの動きのある 写真を好んでいたそうです。

40年代前半に当時のハーパース・バザー誌のアートディレクターであったアレクセイ・ブロドヴィッチ主催の有名なデザインラボラトリーで写真を学びました。 その後、彼の推薦で1946〜1965年までハーパース・バザー誌のスタッフ写真家として活躍します。当時のハーパース・バザー誌はブロドビッチの他に編集長にカーメル・スノウ、ファッション・エディターにダイアナ・ヴリーランドと伝説の人材が制作していた黄金時代でした。優れた仕事仲間に恵まれたアベドンはドキュメンタリー、コラージュやポートレートの手法を取り入れた革新的なファッション写真で一世を風靡しました。

1956年に公開されたフレッド・アステアとオードリー・ヘップバーンによる写真家とファッションモデルを題材にした映画“ファニーフェイス(邦題:パリの恋人)”はアベドンがモデルと言われています。 彼はこの映画のヴィジュアル・コンサルタントを勤めています。
1966〜1988年までヴォーグ誌へ移籍して活躍、1992年からはニューヨーカー誌初のスタッフ写真家として現在も活躍しています。
1994年にはニューヨークのホイットニー美術館で回顧展が、2002年から2003年にかけてはメトロポリタン美術館で"Richard Avedon : Portraits" 展が開催されています。

2004年10月1日、 テキサス州サンアントニオの病院で亡くなりました。 雑誌ニューヨーカーの仕事でテキサスを訪れていましたが、脳内出血で入院、その合併症が死因とされています。大統領選挙だった2004年は、予備選などを撮影した“デモクラシー”という作品に取り組んでいたそうです。

2007年夏に没後初の回顧展"Richard Avedon : Photographs 1946-2004" をデンマークのルイジアナ現代美術館から開始。 その後ミラノ、パリ、ベルリン、アムステルダム、サンフランシスコを巡回予定です。


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