■Artist's Story■
アーロン・シスキンド
SISKIND, Aaron
1903-1991



"Another Photographic Reality"


"Aaron Siskind 100"

 


アーロン・シスキンドはニューヨーク生まれ。1931年頃から独学で写真を始め、写真グループのフィルム・アンド・フォト・リーグ(フォトリーグの前身)に参加し、"ハーレム・ドキュメンタリー"などのニューヨーク社会をドキュメントした作品を撮影しています。

彼の作風は1943年以降、抽象性の高い表現へと大きく転換しています。ボストン北部のグロスターで一夏を過ごし、海岸の岩や海草、打ち上げられたロープを撮影して以来、 "普通のもの、注目されないもの、意味のないもの"を題材にして、都市の街かどのペンキが塗られた古い壁、はげかかったポスター、落書きなどの部分ばかりを撮影するようになります。

彼の関心の中心は平面のなかに含まれたグラフィカルなメッセージでした。クローズアップされた、物質の細かな質感までが表現されたモノクロ作品はまるで抽象画のような美しさを持っています。
"人生ではじめて作品のテーマが重要でなくなった。そのかわりに、撮影しているオブジェクトと自分自身が関係性を持つに至っている事実を発見した。そして作品から深い感動を呼ぶ自己表現となった。"とシスキンは自作を語っています。 つまり写真作品自体がテーマになったのです。
彼の抽象作品はまず同時期に活躍した抽象表現主義のアーティストに認められています。
現代写真とともに、ウィレム・デ・クーニング、フランツ・クライン、ロバート・ラウシェンバーク等にも影響を与えています。

1947年から1951年にかけてCharles Egan Galleryで作品展を定期的に開催するようになります。1959年には初写真集 "AaronSiskind:Photographs"Horizonを刊行しています。

シスキンドは写真の教育者としても非常に有名で、ニュージャージーのトレント短期大学で本格的に写真を教え始めています。 その後1951年には、八リー・キャラハンに誘われてモホリ=ナギにより創立されたシカゴ・ニューバウハウスを前身に持つイリノイ工科大学の教授となり、 1961年には写真学部長になっています。1971年から76年にかけては、キャラハンとともに ロードアイランド・デザイン学校で写真を教えています。


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